おじさんは肉を捨てる
私は肉を捨てることにした。
何か恐ろしいことが起き、それをやり過ごした後に日本では胸を撫で下ろす表現がある。
私は恐ろしいことを目の当たりにし、それが過ぎ去った後にさらに恐ろしいことに気付き、その手が止まった。
恐ろしいことに気付いたのが先なのか、手が止まったのが先なのか。
私のお腹は出ていたのである。
毎日浴びるように(北欧のバイキングのように)酒を飲んでいた私は、コロナ禍という未曾有の状況にあって、新しい働き方であるリモートワークに浸かっていた。
リモートワークはとても快適だ。
朝起きたらそのままベッドからデスク(私のデスクは日本伝統の卓袱台というものである)に転がっていけばノートパソコンで仕事が出来る。
昼食は自分の好きな味付けで、好きな物が好きな量食べられる。私は味の濃いものが好きで、油分を旨味だと信じてやまない。
たかだか通勤時の運動であっても怠れば、いかにスリムなイメージのある日本人であったとしても、蓄えてしまうのだ。
そう、迂闊だった。
悲劇が始まる。
後輩の結婚式に呼ばれた時、スーツのズボンが入らなかった。
体を横に倒した時、脇腹の肉が抵抗してくるようになった。
縄跳びをした時、膝は「もう止めてくれ!」と叫んでいた。
お気に入りのTシャツを来た時、服にプリントされたチャーミングな猫ちゃんは可愛くなくなっていた。
私は肉を捨てることにした。